名前氏のブログ

日々の記録

二階堂奥歯のこと

Amazon二階堂奥歯『八本脚の蝶』


 著者は25歳で自ら命を絶った博覧強記、乱読大魔王の編集者で、この本は彼女のネット上の日記をもとに作られている。解説含め14の、生前の著者と交流があった人々の文章が収められているんだけど、男性のものがそのうち10本で、彼女の容姿について思い入れたっぷりにやたらと褒めていたり(論外)エキセントリックな女子として妖精さん枠に閉じ込めているようなところがあったりで、だいぶ嫌。二階堂奥歯のテクストは素晴らしいのに、巻末の「あの日、彼女と」という他人の文章を読んで、気持ち悪かったから本編を読むのをやめてしまったという友人までいる始末。


 ところで服装やキャラクターが女のコ女のコしてると、読書オタクの集まりは大変居心地が悪い。 

 私もそうだったからそこにすごく共感。

インテリ男を知性と倫理観でぶった斬っていく逞しい中年奥歯も見たかったな!

それか仕事も日記も交遊もやめて隠里で本を読み続けている妖怪になった奥歯がどこかで生き続けていてくれたらいいのに。妖精ではなく妖怪です。

本の読み過ぎは実感として体に悪い。体を通した体験の流入が減る。頭の中で同じことをぐるぐる考えてしまうという凡人でもやりがちなことをやっていても二階堂奥歯は表現力がずば抜けて高いからそれっぽく見えてしまう。

 しかし、二階堂奥歯に対して、「身体性を持たない、現場を知らない」と指摘した人物がいたと

2002年3月18日の日記に書いてあって、それを受けて二階堂奥歯はその通りだと認めているけれど、私はそれを言った人に違和感を覚える。ブッキッシュな人の身体性や現場の知り方だってあると思う。何か身体性とか現場とかいう言葉をすごく狭い意味で使ってる気がするなぁ。

 

 それにしても、八本脚の蝶は読みだすと止まらない。もう五、六回読んでると思うが、読むたびに前に読んだ箇所とは別の箇所に美しさを発見したり、気づきを得られたりする。

10年後とかにも多分読み返して何かを発見していることだろう。

この本を私に薦めてくれた人(一回しか会ってないマッチングアプリで会った男の人)サンキューな。

 私にとって二階堂奥歯がかつて生きていて書いてくれていたことは限りなくポジティブなことだ。


3月→4月で1.2キロ痩せたよ

あすけんを毎日まめにつけて、摂取カロリーを1600キロカロリー代にして、近所のプールに入会し、週四日毎回1キロ〜1.5キロ泳ぎ、おやつは週に一度ハーゲンダッツ食べる以外は豆腐かサラダチキン、みたいな暮らしをしていたが、全然痩せない。


 いや、ちょっとは痩せたのよ、1ヶ月で1.2キロ痩せたは痩せた。でも65.8→64.6だ。

ヤマザキ4個入りひとパック800キロカロリーのドーナッツやつぶあんマーガリンなどを食べるの完全にやめたのがでかいかもしれん。

 でも、食欲亢進で太る薬飲んでると食べる量を減らすのがめちゃキツいので、朝はバナナだけにしているものの、昼と夜は彼氏と同じ量をガシガシ食ってしまう。甘い飲み物も完全にはやめられていない。


 月に1.2キロコンスタンに痩せ続けるのであればもう3ヶ月くらい続ければ60キロを割るけど、なんか初動が遅いとやる気失くすっつうか、今日なんかハーゲンダッツとモンエナとおにぎりをおやつに食べちゃったっつうか

 

 で、泳いでチャラにしようとしているが、明らかに泳いで疲れる食べる量増える泳いで取り返そうとする食べるのループに入ってるので、泳ぐ量か頻度減らした方がいいかもな。


 カウンセラーさんと話して、体重を減らすというより、快適に過ごせる一生ものの食生活とか健康的な運動習慣を身につけるのを目標にしようということになったので、続けられることにしか挑戦しないように心がける。


 あとは、医師からデパケンをラミクタールに変えたら太らなくなるかもよ、と言われたので、今の精神状態の安定を壊すのは怖いが、ラミクタールためしてみるつもり。

躁鬱の薬で激太りしたけど、一年後くらいに標準体重になるのを目標にダイエットします。

医師からは、精神の安定をとるなら太る副作用があったとしても処方薬変えられないと言われて、がっくりきているが、その中でもやれることはあるだろうと思い、ダイエットしてみることにした。

10代から体重が安定せず痩せたり太ったりを繰り返し、二十代前半まではダイエットのしすぎで電車の中でぶっ倒れたり、一日10キロ走ってるのに日中野菜だけしか食べず、夜中揚げ物を隠れ食いするなどの変な食べ方しかできなくなったり、摂食障害の診断名こそ持っていないものの私は年がら年中摂食行動がおかしい人生を送ってきた。

もうそういうダイエットはこりごりだ。

太ってしまって中性脂肪高くて健康がとか、見た目が垢抜けないとかのデメリットを考えても、四六時中カロリーのことばかり考えて自分の肉体と精神をいじめているよりは今の方がマシなんじゃないか

まあ痩せたいは痩せたいけど、精神的に不安定になったら困る。

もともと母方の家系に痩せている人がいないし、体質として太りやすいのに加え、薬による食欲亢進があるので(バルプロ酸ナトリウム代謝悪くなる説もある)美容体重とかシンデレラ体重(問題になってるけど)は目指さないことにする。

すごく痩せていてすごく可愛くてすごく服が似合う人を目指すと、私の場合、あすけんを一日二時間くらい見て、週5日ジムに通って、外食を断って、エサみたいなものばっか食って、太っている人を断罪し、栄養失調なのに自己否定を繰り返してまだ痩せられる、まだやれる、まだやれる、と自分を鞭打つ人になってしまう(散々経験済み)。

それだとダイエットのために生きてるみたいな本末転倒なことになるので、やめる。

目標は一年で13キロ痩せて標準体重の52キロまで体重を戻すことにする。

ヤマザキのケーキドーナッツとか明治エッセルスーパーカップとかがやたら好きなんだけど、禁止せずに頻度を落とすことにする。

禁止食材を作ってそれを破ると極端に自罰的になる過食みたいな流れが見えているので、あくまでゆるく。

薬による食欲亢進作用がある中でやるわけなので、置き換え食とか食事抜くとかもやらない。

あとは、甘い飲み物避けるとか

運動は、足パカやったり歩いたり、近所のプール契約したりしようかと。

たまにブログやTwitterで実況するので応援してください。

双極性障害の薬で激太りして辛い話

以下、以前書いたけど暗いなーと思って没にした文章です…。本音ではあるけど、もう少し明るくやってもいい気がして、もう少し気軽に自分を否定せず、少しは甘いもの食べつつ、標準体重まで体重落とせないかと考え中。


 双極性障害が発覚し、2017年に服薬を開始、服薬前はなかったものすごい空腹感と食欲がなくならず、五年間で155センチ47キロから65キロまで体重が増えた。

似合う服を探すのがかなり難しくなった。

着られる服はあるが、着ても似合わないのである。

 ある時ザラで胸元が空いていて肩がカットされているサテンの黒いワンピースを買って、何気なくこれどう?と訊いたら、弟からそういう服は鎖骨が綺麗に浮き出ている人しか着るべきでないと言われ、打ちのめされた。母に弟の発言は酷くないかと聞いたら、感想を聞いたのは自分で、弟なのだから正直なことを言うし、それを責めたら何も言えなくなるとの答えがあった。

 一昨年は、美容クリニックを探し出し、サクセンダという注射を自分で打ちながら生活していた。バイト代は月に五万、そのうちの二万円をかけて、低血糖になって気持ち悪くなるという副作用を我慢して、脳に働きかけて食欲を無くしてくれるというその注射に縋った。追い詰められていたのである。

 去年はもっと追い詰められて、太るのが嫌だという一心でついに医師に無断で断薬した。

躁転したあげく、奇異な言動を繰り返し、就活をしくじり、派手なサングラスで街に繰り出し、散財しては友達につっかかり絶交され、鬱転して全く動けなくなり、最終的に入院した。ちなみに断薬の結果3キロ痩せた。

 友人に会った時、痩せて綺麗になったと褒められた。太った体を醜いと判断して、痩せた体を美しいと判断するのが私であるはずなのに、褒められてもまったく嬉しくはなかった。

 その友人には、頼むから私を取り巻く社会が反映された私の中の太った自分を醜いとする価値観をこれ以上強大化させないでほしいと思った。

どうにかしてままならない体を受け入れるしかないことは分かっている。

 分かってはいるけれど、規格外とか、異形とか、醜悪とか、そんな自傷のような言葉を自分にかけないで済む方策を私はまだ生み出せていない。

 というか、残酷な事実ではあるが、そんな魔法のような方策はないし、自傷のような言葉を自分にかけずに済む社会の到来を望まないことには根本的な解決はないだろう。しかし、私は今この瞬間苦しむのをやめたい。今すぐ苦しいのをどうにかしたい。ルッキズムに白旗を掲げて、考えることを終わりにしたい。

困ったことに今の家に着いている風呂は浴槽がステンレスで、湯船に浸かると全身がよく映る。

自分が醜いと思ったものを醜いと思うのはほとんど反射的な反応で、風呂で全身の肉を見るたびにかなりどんよりとした気分になる。

 ところで、なりたい自分の容姿がなるべき自分の容姿で、そのためには手段を選ばなくても良い、選ぶなという価値観は考えてみれば相当エクストリームだけど、浸透しまくっていて、逃げ場がわからない。

なりたい自分像を形作ったものの構成要素がわかっていないのにダイエットに突き進むのは、地獄。

就活行き詰まり体操5 障害者就労のエージェントから電話があった

 昨日障害者就労のエージェントにウェブ登録したら今日電話が来たから、事務で六時間勤務希望って言ったら、事務経験がなくて、というか就労経験が学生時代のバイトしかなくて、しかもフルタイムで働けないとなると紹介できる求人がほぼないと言われた。

がーん。

 双極性障害の疲れやすさを舐めるなよ!(個人差あり)四時間の在宅職業訓練でもヒイヒイ言って休み時間に爆睡したりしてるんだがフルタイムっておい。

 

 じゃー疲れやすいけど仕事ないなら仕方ないし希望条件をフルタイムに変更しますって言ったら、体調面で無理されるのは一番良くないとか言われた。どうしろと。

 

 「企業に出る助成金が減るから」というそんなの当事者関係ないじゃんと言う理由で障害者就労が基本フルタイムの募集なのは以前からおかしいと思っていた。

六時間とか四時間なら働けるって人が排除されている。

 

 それから、精神障害者は勤怠が悪いという印象を持たれているから、やっと精神障害者だけの法定雇用率ができたとは言えまだまだ就職しづらい。

あと非正規がデフォルトで最賃の仕事も多い。

非正規最賃で働いてくれる健常者並みの能力や経験がある障害者しか欲しくないんだろうか。

足元見られまくっている。


MOSTOEICMARCH卒(ただし体調悪すぎて学部だけ出るのに8年かかっている)と20代、とか言ってもどれもこれもほぼ武器にならん。ショボい。

 困ったなーー。まあハロワに六時間の事務求人は何件かあったから求人票持って行ってみる予定ではある。身体障害の人向けですと突っぱねられる可能性はあるが。

 ハロワの求人票の「障害者向け配慮」の欄を見ると、車椅子が通れるとかエレベーターあるとかそう言う系で、仮眠室あるとか具合い精神障害者に頓服休憩くれるとかそう言うことは書いてない。

 とりあえず働きたいが、私みたいなのは社会の中にいないことになってんのかなと思ったりする。

就活行き詰まり体操4 ・就活大学米学部

 結局職業訓練校でサザエさん体操が行われたのは最初の2回だけだった。

あれは何だったんだ。


 今朝はスーパーで前の日に買った肉づくし298円弁当をポーターのカバンに入れて訓練校に向かった。

途中の電車で弁当が傾き、中身の米とパスタが漏れていた。肉だけ無事だった。カバンはお陀仏といった感じ。そして今日の授業で使うはずの敬語を覚えるためのプリントがファイルごと米まみれになった。プリントを取り出すと少しカリカリになった米がまばらに床に落ちた。

後ろの席の人が、なんか米が落ちてると呟いたのが聞こえたが、聞こえないふりをした。

すいません米を落としたのは私です、などと言ったら挙動不審者だからだ。


 昼休みはサザエがないことに安堵しつつ炭水化物がほぼカバンにぶちまけられているため肉の比率が異様に高くなってしまった弁当を食べ、午後からは求人検索と就活サイトへの登録をしたのだが、プロフィールの大学名を入れる欄に、うっすら就活大学と表示されているのを私は見逃さなかった。

ただのこう入力しろという見本?それともそれを隠れ蓑にした、最近の大学が就活予備校と化していることへの皮肉?

就活大学金策金策就活大学大学院博士課程


就活行き詰まり体操3・サザエさん体操撲滅運動

https://namaeshi.hatenablog.com/entry/2022/02/08/162454


↑これの続きです

 

私はサザエさん体操を中止に追い込むべく、脳内で計画を練り、ここ3日ほど、人にアンチサザエのメッセージを伝えることが自然にできるかシミュレーションをするなどしてサザエさん体操に備えていた。

うまくいけばラジオ体操に変更だし、中止にはならずとも、私はサザエさん体操に納得していないし、はっきりとアンチサザエであると表明して予定調和を崩しておくことにはそれなりの意義があると思った。


 計画は、まずは同期にそれとなく、「今日もサザエさん体操やるんですかね〜」とか聞いて、ああ!あれ嫌ですよね!という空気を作ることから始まる。

みんなにコンセンサスを取り付け、あらかじめ根回しをしてから、先生にあくまで自然に、かつ少し砕けた口調で「サザエさん体操、実はちょっと恥ずかしいんですよね!他のってないんですか?」とかなんとか言って交渉してみる、はずだった。

同居人によるダンサブルにアレンジ作戦(前回参照)よりだいぶ常識的で穏当である。

 

 しかし世の中そんなにうまくはいかない。

今日の昼休みに、さっそく後ろの席にいる何回か話したことがある女性に「今日もサザエさん体操やるんですかね〜」と話しかけてみた。

すると、「やると思いますけど、なんで?」と言われて、返答に詰まった。

「あれちょっと嫌じゃないですか?」と返すと、「簡単だから別にいいですよ、むしろなんで嫌なんですか?」と不思議そうにされて、沈黙が訪れた。

「ぶっちゃけ、ちょっと恥ずかしいかなーと思って?」と勇気を出して言うと、その人は、「一番後ろの席だから誰も見ていないし恥ずかしくないです」ときっぱり言い切った。


 私はサザエさん体操が簡単でも難しくてもそういう問題ではなくやりたくないし、私は私がサザエさん体操をやっているところを教室の誰もがろくに見てなくても、自分を見つめる自分の目を気にするという意味で公の場でサザエさん体操はやりたくない。

しかしそうじゃない人もいるという事実。

 

 サザエさん体操をすんなりできる人生とできない人生、どっちがいいのだろうと昼休みを使って考えこんでしまった。

 人生には最低限必要な葛藤だってあるぞ、とその人に反発を覚えつつ、サザエさん体操にまつわるそれが果たして人生に最低限必要な葛藤に当てはまるのか、こんな葛藤は単なる脳の無駄遣いではないか、などとも思い、自分の違和感に正当性があるのかだんだんわからなくなってきた。

 私がもしレディガガ並みに自己を確立して揺らがない人間だったらサザエさん体操なんかで自意識の問題を抱えたりせず、淡々とサザエさん体操ができるのではないか。

 まーなー、人はそれぞれ驚くほど感じ方や考え方が違うんだよなー、そう簡単にはいかない、さて、今日もサザエさん体操の時間だ、嫌すぎだグエエ、と覚悟して待ち構えていたら、今日はなんとサザエさん体操は行われなかった。

いや、ないのかよ。

あまりこだわりがなく、なんとなくやってるならなおさらあんなものに巻き込まないでほしい。


 同期は5人いるので、次のサザエさん体操に備えてアンチサザエに勧誘できる人材を探すべきだと思う。しかしアンチサザエが私だけでみんな親サザエだったらと思うと、つっこんだ自分を想像して今から冷たい視線を想像してびくついてしまう。多分アンチサザエがもう一人いないと私は戦えない。そのときは、訓練校の卒業式でサザエさん体操がとても嫌だったと正攻法で講師に伝えようと思う。次に訓練校に入る私のようなアンチサザエのために、汚れ役を買って出たい。