名前氏のブログ

日々の記録

2026/07/13 日記(暑すぎてパー)

 今日はメンクリに行くついでに産直に寄り、2キロ=16コ入り350円で玉ねぎを、200円で小玉スイカを買った。野菜王国愛知県とはいえど、いくらなんでも安くないか!前回来た時はとうもろこしが3本で100円だった。転売ヤーが生まれそうなレベルで果物や野菜が安い!

 ブルーベリーがサッカー台(袋に商品詰めるとこ)に忘れられており、0.00000001秒ほど、美味しそうだからパクろうかという超短絡的な考えが脳裏をかすめたが、店の人を呼んで、一切触らずにブルーベリーの忘れものですと伝えることができた。無事、本能に打ち勝った。

 ただ、自転車に買ったものを入れた鞄を乗せたらバランスを崩して倒してしまい、小玉スイカがパカーン!と割れてぐじゅぐじゅになり、クロミちゃんのエコバッグがスイカまみれに…

  そしてまだ時間があったので行きつけの喫茶店で待機。スイカでグジュグジュのバッグを持って。アイスコーヒーとピーナッツとホットケーキで500円なのは異常。

 メンクリではまずカウンセリングを受けた。

 2キロ=16個くらいのネットに入った玉ねぎを置くところがなかったので抱きながら話したらとても落ち着いた。適度な重さ。昔から作家になりたかったけど肝心の文章がおぼつかなくてワロタ&オワタ、夫とは仲良くやってる、猫はげんきなどと要領を得ない話をし、また次回。

 診察では無事エビリファイを増量してもらえて安心した。あれがないとクソ通り越してハナクソ並にどうでもいいことで落ち込むんだよー。薬の名前の由来はアビリティをファイするからエビリファイだそうです。適当な説明すぎる。

 

 帰宅して、ノンアルレモン酎ハイキッチンドランカーになりながら、鶏胸肉を茹でて、茹で汁と肉と玉ねぎでスープを作った。

 パスタのためにお湯沸かしたのに在庫がなかったので夫に買ってきてと頼んだ。トルコ産、1キロで178円。とうもろこしのパスタを作り、落とした小玉スイカも夫と半分ずつ食べた。

テレビで歌番組がやっており、顔しか取り柄がないけど可愛いのも取り柄として認めろみたいな歌詞の曲が流れてきて、卑屈なのか謎の自信に満ちているのかわからないにも程があった。

私がババアになって福祉が奇跡的に生きててデイケアでレクリエーションとかしないといけなくなったら、あんな曲じゃなくて村下孝蔵の初恋とか流してほしいよ。真面目に作ってるじゃん。初恋に乗せて何の動作をするのか謎すぎるけど。

 

 

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めし

2026/07/13(月)夏だ!鬱だ!メンクリだ!

 

 病んでいる。気持ちが全く健やかでない。具体的な悩みはないはずなのに、漠然とした不安を漠然とした不安のまま持っておけなくて、具体的な将来のことやら仕事のことやら持病が治らんことやらについてもついつい考えてしまう。今考えても無駄なのに。
 頼みの夫は仕事だからいない。仕方がないので魔除け的な意味を込めて夫に買ってもらったシャツを着て、焼きそばを食べながら夫の写真を眺めた。BGMはフィッシュマンズ。全然慰めてこないどころか下手するとリスナーより病んでるからこそこんな時にはもってこい。
 写真には、カバンの中に無理やり入って体育座りしてニコニコしている夫。お花や、キツネや、バーコード頭の妖精の顔出しパネルに入ってる夫。私は顔出しパネルを人にやってもらうのが好きなのだ。
 公園でクルクル回りながらシャボン玉を大量に作っている魔法少女のような夫。セイコーマートのTシャツを着ている夫。リンツのチョコレートを両目に当てて攻殻機動隊のバトーの真似をしている夫。いいね。どれもこれもプリティでキュートだね。ちょっとセロトニンが出た気がする。
 今日は暑いので外に出たくなかったが、暑いからこそ洗濯物乾く!と思い直し、洗濯機を2周回して干した。
 また、バジルに水をやりに行くと、ぐったりしていた。昨日の夜も水やっとけばよかった。虫食いもある。かわいそうに。
 で、何で病んでるのか考えてみるに、コロナに感染したあと体力が落ちてすぐ疲れるのが一つ、エビリファイの減量で脳汁がちゃんと出ないのが一つ、やりたいこと(仕事、書き物、読書)があっても、能力のなさと持病のせいでちゃんとできてないのが一つというところか。
 カウンセリングで話してみよう。診察でも事情話してエビリファイをもとにもどしてもらおう。

 図書館で読めない15冊とかの量の本を借りてしまって結局一冊二冊読んで返す、みたいなことがよく起こるのだが、私には自分の状況や能力、キャパシティなどを全く考慮できない欲深さがあるのかもしれない。ちょっと欲しいものがある、程度の欲望は人を生かすものだからなくなったら困るのだけれど、健康で当たり前、正社員で当たり前、美人で当たり前、みたいなことをいつも思ってるからぜーんぜんそうじゃない自分を見てやたらテンション下がっちゃうのかも。

 進歩するための努力とか、這い上がるための気合いとか、そういうものって絶えざる自己否定の裏返しな気がして、過去に摂食障害やったりどうも頑張りすぎないと生きてる価値がないと思いがちな自分の性質と合体すると死、まで行かなくても心身の不調を招く危険なブツだと思う。

 私は長女。真面目な長女。多分自分比でタラタラやってるくらいでちょうどいいのだ。

2026/07/12(日)夫が優しい件、発光せえ身体、本屋メガホンさんありがとう

 最近薬を減らしたらものすごく鬱っぽくなってしまい、ちょっとシリアスな内容のブログを書いた反動などで簡単に落ち込んだりする。(一つ前の記事とか。)
 そんな時!気晴らしに出かけたら、夫が、スシロー奢ってくれたり、ハート型のメタリックのポシェットと赤に緑のドット柄のシャツをトレファクで買ってくれたり、借りすぎてどう考えても読めない量の図書館の本を重いでしょーと持ってくれたり、道を歩いてる時にお腹すいたというとさかな味のベビースターラーメンくれたり、病んでるよーと訴えたら風呂入れば!と風呂を沸かしてくれたり、風呂上がりには冷やして切ったメロンを用意して待っていてくれたり、シメにベランダで一緒にノンアルを飲んでくれたり、優しいよー!よかった〜!ありがとう〜😭元気になったから寝るよー!とか言ってスマホ見てるけどー!
 ほとんどピンクレディのUFOの人じゃん。お腹が空いたらベビースター、心が病んだらお風呂〜次から次へと差し出すアナタ〜。
そんなに徳を積むと来世猫かクロミちゃんになっちゃうよ、と言ったら、クロミちゃんにはならなくていいとのこと。ということは猫にはちょっとなりたいの?と聞いたら、猫は猫のこと可愛いと思ってないのかなー、それなら迷うなーとのこと。
こんなに優しくて愛情深く接してくれる大好きな人と様々な事情を考えるとクソ忌々しい婚姻制度でつながらないと生きていけないなんて何かの冗談かと思う。

今、松橋裕一郎さん(以前の筆名は少年アヤさん)の『発光せえ身体』という新刊を読んでいるのだが、p36以降同性婚の話題が出てくる。

 p37より引用「わたしたちは、結婚ができない。私たちが愛し合っていることも、一緒に生活していることも、どこにも、なににも記録されていないし,証明されてもいない。まるで命綱もなく、宙を漂っているような感じだ。だから私たちは、一生懸命、手をつないでいなくてはいけない。そこには、お互いの手のひらを通して感じられる甘ったるさや、本来得られる安らぎはない。汗と熱だ。生き延びなくてはいけない。」

という文章があって、重い言葉だと思った。松橋さんがブロガー時代から追いかけて来て13年もファンなのに、大好きな作家さんなのに、誰よりも遠く分断されて、私は松橋さんと同じノンバイナリーなのに、無理矢理制度に自分をねじ込んだ既婚者であって、罪悪感がやってくる。
 でも私が罪悪感を抱いても免罪符にはならんし、私の気持ちが腐るだけで一つも事体がよくならないから、せめてマジョリティとして責任を持って署名したりものを書いたり、集会があったら行くとかしたい。マジでイヤな国、イヤな社会。最終的には全員個人単位で権利保障を、と思ってるけど、その前段階では全員結婚できるようにしてほしい。
それから、10代の頃から大好きな安野モヨコ『ハッピーマニア』という漫画のラストのほうに「カップルのままだとこんなくだらない喧嘩でも別れてしまえばそのまま 結婚すれば、呪縛できるのだ、心がついても 離れても」みたいなモノローグあったな(うろ覚え、後で訂正できたらする)というのも思い出した。シスヘテロの男女なら内容も内実もへったくれもなくくっつくことができる。無茶な。
婚姻制度なんて忌々しい、散々結婚したくないと駄々を捏ね、麺を夜中にめっちゃ茹でて過食し、病んで抵抗したが結局乗っかってしまった以上、それを誤魔化すためにパートナーとか呼ばないことにしている。婚姻制度が解体されるまで妻だし夫である。
他の人が使う分には色々な2人ごとに異なる理由があるだろうから気にならないけど。
 ちなみにうちは話し合って、苗字を夫が変えた。苗字を妻のものに変えるのは男性の4%らしい。どうしても私が変えたくなかったからだが、変えてもらうのも落ち込んだ。手続きの面倒さを知って、世の女性がどれくらい苦労してるか身に沁みてわかって勉強になったよ、と夫は言っていた。

こぼれ話
松橋さんの新刊Amazonで予約してたけど、発売日に二週間後にしか届けられませんとかいう通知が来ていて、キャンセルして本屋メガホンさんの通販で買ったら、3、4日くらいで届けてもらえてしまった。次からはAmazonになるべく頼りたくないし、信頼できるメガホンさんで本を買おう。

2026/07/12(木)ヤバい家庭が日本の標準という説

 機能不全家庭という概念が生まれた弊害として、正しくまっとうな幻想の家庭像が強化された、と『白蛇教異端審問』というエッセイ集のどこかで桐野夏生が書いていたのが印象に残っている。一字一句は違うけれど、そのような意味の言葉だった。
 私の育った家庭は外からの問題をボンボン投げ込まれすぎて(転勤3回のち父がリストラされ、中学では校内暴力、いじめ、首都圏の苛烈な大学受験熱など)問題だらけになってしまったけれども、元々そんなに際立って親のパーソナリティが残酷だったり、教育費を極端にケチったりするような問題はなく、平均的に無知で平均的に粗野で、読売新聞を読み、「雅子さま」へのバッシングについ乗ってしまったり、自分の子供が不登校となれば暴力をふるったり,自民党に票を投じてしまったりする平均的な日本人の家庭である。
 私が語る親エピソードは左翼だったりリベラルな親を持った周りの知人友人から家エピソードはけっこうおどろおどろしく聞こえるらしく、「名前氏んちコワ…」「よく逃げて来たね」などとねぎらってもらえることが多い。
 しかし、そのねぎらいに対して「まあ、普通じゃん?」とか言おうもんなら、深刻な顔の相手に「虐待されて育った子は、愛情を疑いたくないあまり親を庇う傾向にあるってなんかで読んだよ!」とか言われてしまうんである。でもそういうことじゃないんだヨ。
 あと、語る人(名前氏)と聞く人(友人とか)が現在同じ文化圏にいて、語られる人(名前氏の家族)との文化的な差異がありすぎると話盛ってんのか!?というくらい極端な話に聞こえて来ちゃうことはあると思う。
 うちがヤバいのは百も承知だけど、日本には人権意識も根付いてないし、人との境界線を引くこともあんまり誰も学んでないから、うちみたいな家はいっぱいあって、案外多数派なのではないかという私なりの持論がある。みんな違ってみんなヤバい説。
 なんか買っちゃったけど途中で投げ出して読めていない本に、池澤夏樹と池澤春菜の共著の『全部本の話』というのがあって(別に読まなくていいけど)親もインテリ、子もインテリ…仲良さそうにあの本はこの本は…って親子で本の話をしている。娘にとって父の文化圏から抜け出すのが無茶苦茶大変そうだし、あれは特殊な親子の例だからと思うものの、池澤パパの耳カス程度でもいいから名前氏パパに文学やコミュニケーションのための語彙があれば、血生臭い暴力沙汰、例えば殴る、蹴る、地面に頭を打ちつける、私は私で金的をカバンで蹴る、玄関のドアを蹴破るなど…そういうの西村賢太の小説から出てこないでください!現実世界に入ってこないで!的なエピソードの山は発生しなかったに違いない。
 娘が賢くて口が達者で(口が悪くて)本をたくさん読んでいてもなんか面白くねーなー、殴ったろという態度を出さない親を持つことはレア。
 読書、家庭内で推奨されてなすぎて本を買ったそばからガンガン捨てられてましたから。まあ高校サボってBOOKOFF!図書委員会かつ文芸部!学校の勉強を放棄していたというのもあるが。
 書いてたらやっぱうちやべーんじゃ…と思えて来たが、平均よりちとヤバい程度か平均程度な気がするよ。例えば中学の隣の席のやつ,化学室から薬品盗んで教室中に撒いてたし(赤くて一番やばそうだったから酢酸カーミン液にしたらしい。)
(こいつが勉強できなくて助かった)親もチンピラだったけど、そういう人の家庭で過ごした頃についての声はメディアに載ることはほぼないでしょ。
 こういう人がいるよね、こういう経験をした人がいるよね、というコンセンサスが社会の中で取れていたり(私はこの点は微妙)ジンだろうがブログだろうがメディアを持っていて(この点は当てはまる)自分の話ができる時点で、言葉を持ったという強みと特権がある。

 今日3階建てのデカくて何でもある図書館に行ったのだが、文庫と海外の小説の棚に中学生くらいのポニーテールの子と父らしき人がいて、その子が「これは知識についての本ですっ!」みたいなことを父に言って、父はほうほう、と聞いていて、子は岩波文庫の何かの本を持って別の棚に小走りで向かって行って、チッ!眩しいなコノヤロ…みたいな「親の前で屈託なく本が読めて羨ましい」「知識に対する感情のねじれやひねくれがないのが眩しい」「すくすく賢い子に育ってほしい」など、ぐちゃぐちゃと感情が湧いて来て困った。
 あの家にも何かはあるのか。本にばかり向かってる問題のない子供ってあんまりイメージ湧かないな。

2026/07/09(木) 金銭管理できません

 

 今日はしまむらで700円の植物柄ブラウスと1000円のレースがついてるTシャツと、1500円のスイマーコラボのTシャツを買った。大食いロリィタコラボ(なんだそれ)のフリル付きリボン付きの受注のカーディガンも受け取った。よく着る機会がありそうな面白みのない服二着と、どこでいつ着るんだか全然わからない面白で買った服二着だ。
 去年まだ働いてた頃に買ったオフィスカジュアル(滅べ)のユニクロのボクシーシルエットのテロテロシャツ(カーキ、紺、茶)ばかりヘビロテして着ていたので老朽化が著しく、かつシンプルというよりなんか地味で飽きてきており、ベーシックなデザインかつボロくない服が欲しいと思ってしまむらに行ったのに、面白服が半分を占めてしまった。因業。
 スイマーコラボTシャツなんて、ピンクの生地に黄色いリボンが四つついており、ハート型のケーキにパンダと猫とクマとうさぎと羊がのっていて、グッドバイブスオンリー!(明るく行こう、的な?)率直に話すことは悪いことじゃないよ!と書いてある。どうした。悪酔いでもしたのか。でもかわいい。
 そしてTシャツの出鱈目なメッセージを間に受けて話すと、月末まで1500円しか金がないよ〜!!!!!!ドーンマイ!メルカリの売上金を口座に移すかな…
 ノーベンバーズが11月に名古屋来ると言うからチケット試しに買ってみたら買えちゃって、一万くらいはあるだろ〜と思って残高見たら千円もなくて、死。
 大丈夫、食品の備蓄はある、読む本もある、食費も別財布で管理している、他の家計管理は私ではなく夫…。いろいろ安全装置つけといてよかった。
 今月は2024年2月から最低毎月2000円と決めていたUNRWAへの寄付を初めて止めてしまった。なるべく来月からは再開しよう。
 状況を夫に話したら、ボーナスもらったことだし、慰めにスシロー奢ってくれるものこと。

2026/07/05(日)バジちゃんありがとう


 今日はひどい雨かつ低気圧だったからか、0時から寝て朝の10時ごろ起きるというめっちゃ寝をかまし、昨日作ったカレーを冷蔵庫から出して冷凍ご飯とチンして食べた。
 おまけにその後さらに2時間くらい寝た。クロミ様四体(トレファクで一体またもお迎え)及び猫の抱き枕2体に囲まれ、嬉しいけど寝づらいことこの上ないのは事実で、なんか内容忘れたけど、せ、狭い!みたいな悪夢を見た。
 ところで太宰治賞、急にやる気が出てきて、あらすじとか人物設定とか作ってみており、もしかして小説書くのってみんな賞が欲しいからじゃなくて、楽しいからやってるのか?とまともなことを思うなどした。
 出すものは一人称で、日記の延長みたいな小説になりそうではあるし、賞を目指せる水準かと言われるとさっぱりわからないが、アイディアをポワポワポワ〜と出しているととても楽しい。
 一言で言ってしまうと、倉庫で最低賃金のパートとして働いているノンバイナリーが退職するまでの顛末を描こうとしている。
 私自身、大学生のころ2年ほど倉庫で働いており、また、倉庫で働いていた頃は違ったけれど、現在は女性として認識されて暮らし、女性という性別との繋がりを保持したままとはいえノンバイナリーを自認しているので、自分が働いていた場所、その中での違和感、自らのセクシュアリティを切り貼りしてどうにか小説に落とし込みたい。
 さっき、コロナに感染していた期間全然できていなかった部屋の片付け及び掃除をした。ヘルパーさんも来られなかったから部屋ぐちゃぐちゃ。
 あと、昨日はバジル(バジちゃんと呼んで可愛がっていた)を大量収穫して500ミリリットルのジェノベーゼソースを作り、昨日は夫にエリンギとベーコン、今日はタコのジェノベーゼパスタを作ってもらった。私は切ったモッツァレラチーズとミニトマトに塩とソースをかけてカプレーゼを作った。
 夫曰く、「普段切り詰めて、たまに外で高くて洒落たモノ食べに行くより、安いチーズとか家でとれたバジルを使って自分で料理できるっていうのがいい」そうな。私も同感。
 そうそう、次の物件も見てきた。猫が二匹飼えるとのこと。その時点でそこに決定。

2026/07/02(木) レジェンド猫おばさんの人知れぬ苦悩

 

 コロナ感染8日目。症状がないからもういいかと思って、日傘をさしてハートのバッグを持ってロリィタ服でスーパーとドラッグストアに歩いて行った。
 歩いてたらジーッと見てくる爺さんに三人も遭遇。金髪もロリィタも目立ちたくてやっているわけではない。爺さんをじっと見つめ返し、定番の相手が目を逸らすまで歩かないという対抗策に出た。ロリィタの皆さん、まねしていいよ!
 スーパーでは、パスタの材料と、なぜだか58円に値下げされた氷結のノンアルを11本買った。ウッ…重っ…久々にアタシ生きてる!!みたいな感覚を味わった。コロナで一昨日くらいまで一切の労働が免除されていたから、それはそれでうんざりしていた。
 ほかにも久々に料理したり、皿洗ったり、掃除機かけたり、排水溝にパイプユニッシュかけたり、ちょこまかと家事労働をした。しまむらのロリィタがまた3着届いてしまった。シャバは楽しい。
 熱があった感染2日目くらいまではうーうー言って体がしんどいのを耐えていればよかったからメンタル面はそこまで破綻していなかったのだが、熱が下がり、かつ暇がありあまり、でもどこにも出かけられないし、誰も呼べないとなって、タブレットで何か見ようにもよりにもよってこのタイミングで充電ができなくなり、本は五冊読んだらピタッと読めなくなり、そういう時に徐々に落ち込み出した。
 「自分が特別何かに秀でているどころか社会的ななんの肩書きもなく、消えていくだけの家事に従事するだけなのが耐えられない。かと言って仕事に行ったってどうせ障害者向けの単純作業を安い賃金で非正規雇用でやらされると思うと、金銭的に切羽詰まるまでは働く気もあまり湧かない…」
 夫に相談したら、「道路で骨折して死にかけてた猫拾って助けたでしょう、それはもうレジェンド猫おばさんだよ!」みたいな慰められ方をした。
 レジェンド猫おばさんだったとしても、本めっちゃ読んでるとしても、本めっちゃ読んでるレジェンド猫おばさんって名刺にも履歴書にも書けないじゃん。
 私は世俗的な人間だから、自分が持ってなくて他人が持ってるものは欲しい。不当にもらいが少ないと感じたら怒る。
 障害があったら同じ大学の人の年収の中央値の半分の半分の年収さえ手に入らないのはなぜ?といつもいつも謎で仕方がない。
 前のジンにも書いたかもだけど、安定した仕事と納得できる収入でマイウェイ&マイメンタルの凹凸を少しでも舗装しないと、承認されたいとか、金がほしいとか、まだそこですか?みたいな苦しみを一生苦しむ気がしてこわい。