名前氏のブログ

日々の記録

8月6日、7日の日記(コロナと読んだ本の話多め)

86日(土)


 朝:自分や周囲の人のコロナ対策がおざなりになってきていることを感じる。屋内ではマスクをして、手洗いして、体温測って、終わり。まあこれすらしない人がいるけど。彼氏が配達の受け取りでマスクしてなかったり手を洗ってなかった時があって注意したりした。かくいう私も体温を会社で測ったりしている。二人ともズボラだから気を引き締めねば。

 お盆休みの愛知から神奈川への帰省は当然やめたし、会社とスーパーしか基本行ってないけど、それでもうつる時はうつるだろうし、スーパー銭湯とか図書館は行くし、そもそも会社に行ってる時点でどうなんだろう。

 会社にはウレタンマスクで咳をしまくって帰された人とかいるし、寒気があってダウン着てるのに出社してる人とかいるし、マスクなしの歓送迎会の宴会もあったし。こんな意識低すぎの会社なので、近くの支社からは既にバカスカコロナ感染者が出ている。私はそこに派遣されることもあるのでかなり危なかった。

 感染したくないし、後遺症怖いし、人にうつすのも嫌だ。住んでる市では3年ぶりに花火大会があるらしいし、コロナだっつってんのに何もないかのように日常が続いていることにしたい意味がわからない。そんなの当たり前のことだと思うが、怖いといえない空気があり、それが怖い。

 国も自治体も会社も信じちゃダメだし、連休はなるべく家で過ごして、暑くない時間にサイクリングでもしようと思う。

 てか、ヒマ。昨日寝た時間が早すぎて、5時半に目が覚めてしまい、トーストとコーヒーの朝食をとって、シャワー浴びて髪乾かして化粧して着替えて、洗濯物取り込んで畳んで洗って干して、本を一冊読み切って、ゲームやって、音楽聴いた。日記も書いてる。

 で、今850分。家でできることを全部終えてしまった気がするいっそもう一回寝るか?でも全然眠くないからムリ〜!

 

 午後3時:図書館行ってきて帰宅し、本読みながら彼氏とお茶。

 ムレスナの「幸せを感じる極上のキャラメルティーという、ほんまッ美味しい紅茶 スーパーキャラメルティー」(超絶うまいけど商品名が異常だしパッケージにも全面に怪文書が書いてある)を買って、ミルクティーにして、そばぼうろを一緒に食べた。そばぼうろというお菓子、神奈川で見たことないので初めて食べたけど、紅茶とかコーヒーによく合う甘さで、しかも100円くらいでめっちゃ安くて良い。


今日借りた本

中井久夫『復興の道なかばで 阪神淡路大震災一年の記録』

(昔ウェブで無料公開されていた「災害が本当に襲った時」と間違えて借りてきてしまった。でもこっちもいい本。コロナ禍と震災は人の手でコントロールできないものに翻弄される異常事態という点で同じだし、危機に陥った時過去はどう対処したのか知りたくて読みたくなったのかもしれない。中井久夫の文章はいつも、人間ってここまで崇高にもなれる生き物だったか、それにこんなによく事物を見て分析することができるなんて、と読者をびっくりさせるような感じ。)

・ジュディス・L・ハーマン、中井久夫訳『心的外傷と回復(増補版)』

中井久夫の名訳も相まってめちゃ面白い。

 フロイトなど男性の臨床家、研究者が女性の声をいかに無視したか、戦争の帰還兵と性被害者の呈する症状の類似、いかに自助グループなどを組織して、他者と繋がりつつ自分の声を社会に存在させていくかなどなど、内容満載。

 心理学やフェミニズムのまぎれもない名著だと思うし、最近読んだ『その後の不自由』やいつか読書会やろうと言っている『ヒロインズ』や『愛について』ともテーマ的に関連する本。)

・荒井裕樹『障害者ってだれのこと?「わからない」からはじめよう』

(まだ出だししか読んでないけれど、車椅子の人と後ろに立つ人のイラストを見て、後ろに立つ人を家族か介助者だと思い込んでしまう先入観がこの社会に生きる人たちにはあるよね、恋人かもしれないし友人かもしれない、ということが書いてあって、いい本の予感。)

・アイリス・オーウェンス『アフター・クロード』(めちゃくちゃ口が悪い女が主人公の小説らしい。)

 

今日読んだ本

松波太郎『カルチャーセンター』

(死んだ作家志望の友人が書いた小説を自分の小説と他の小説家や友人の書評と挟んでプロの作家が出版するなんて聞いたことないけど、そういう本。ほんとに面白くてびっくりした。最初は「万華鏡」も松波太郎が書いてて友人の西原さんは架空の人物だと勘違いして読んでいたのだが、西原さんの名前を検索するとほんとに出てきて、本物の鎮魂の書だったと読後に知った。)


田房永子『大黒柱妻の日常』

(妻が経済力を持つと昭和のお父さんみたいになるそうな。私は子供産む気もなければ結婚もしておらず、障害者雇用のパートでしか働いていないので収入も低く、主人公とは全く立場が違うけれど、思考実験というか、別の立場に置かれた人がどう考えるようになるか追体験しているようで面白かった。基本的に日本は子供を産めと言うだけで、子供を育てられるようにできている社会ではないということもよくわかった。 主人公たちはめちゃくちゃ工夫してやってくんだろうけど、正直個人の努力では無理ゲーのような気もする。)


大島弓子綿の国星 シルク・ムーン・プチ・ロード』

(キラキラしていて絵柄がほんとに可愛い。でもだからこそ、弱くて小さいチビ猫が出会う現実の残酷さが際立つ。)


ムレスナティーのキャラメルめちゃうまい(三杯目)


(服装→黒のハイネックT、ピンクのマーメイドスカート、白い蝶のビーズのネックレス)





87日(日)

 仕事していると緊張感でなんとか人間の形を保っていられるが、出かけない休日はいつも疲れと鬱でヘロヘロのスライム状態になってしまう。重めの双極性障害と、虐待、いじめ、性被害などが原因の複雑性PTSDがあるという超ややこしい状態なので、基本的にずっと精神状態が良くない。多動気味でもあるので、家にずっといることが強いられるコロナ禍はすごくストレスが溜まる。去年は爆発するように躁転して、その後動けなくなって10日くらいとはいえ入院してたし。

 買い物行きたいし、ラーメン二郎行きたいし、東京遊びに行きたいし、実家帰って猫に会いたいし、ウォータースライダーあるプール行きたいし、海行きたいし、バーベキューやりたい。とはいえ当然自分や他人の命かけてまでではないので家にいるが。

 家はしんどい。自力で気を紛らわせないといけない。(http://hatakoshi-mhc.jp › kan...PDF神田橋語録 - 波多腰心療クリニック

神田橋條治によると、躁鬱の人は外に出るのが向いてる場合が多く、本の虫とか向いてないよ、とのこと。)

 読書して、音楽聴いて、ネトフリ見て、家事やって、というインドア生活に向いている人が大変羨ましい。

 それに病気のせいもあって「ぼーっとする」がとてもきついのだ。風呂入ってリラックスしようにも、嫌な気持ちや不安が押し寄せてくるので、2分くらいが限度。

 こういうネガティブなことをガーっと書いてストレス発散できるから日記始めてみてよかったと思う。誰かに聞いてほしいことはブログに転載、誰にもいえないことは日記にだけ残しておく方式が今のところあっているみたい。

 今朝は彼氏と近所の喫茶店にモーニング食べに行く予定だったけれど、彼氏全然起きないし、私は鬱で頓服キメてるしで中止に。

 コーンフレーク食べて、ミルクティー淹れて、レミオロメンの『ether』を聴きながら日記を書いている。

 レミオロメン、中学生の頃にちょっと好きで、高校に入って「真面目すぎてつまらない」などと言って離れたのだが、確かに「声と曲が良くていいこと言ってて聴いてても親が心配しなさそう」なところが物足りないと思う時はあるが、メンタル弱ってる時聴くにはいい。すごく落ち着く。

 ところで、北海道に赴任している23歳の弟がいて、神奈川まで帰省して、ついでにロッキングオンフェス行くらしい。職場で隣の人にコロナが出たとか言ってるのにマジで大馬鹿野郎だと思う。

 本当に不思議なんだけど、今やってるロックフェスに行きたいか?

 去年折坂悠太が出演辞退していたのはほんとにちゃんとしてるなぁと思って印象に残っているけれど、今年もっとコロナの状況がやばいのに今年は出演していて、WHY?って感じだった。

 去年はクロマニヨンズとか坂本慎太郎とかもなんかのフェスに出てて、一時期精神的に支柱にしていたようなミュージシャンがそういう選択をしたことに対してショックを受けた。

 「誰もまともじゃないし、信じられない」とツイートをしたら、まともがわからない、あーあーうーと坂本慎太郎の歌詞で揶揄って引用リツイートしてきた奴がいてブロックしたのとか覚えている。

 私は好きなミュージシャン追ってるだけで、ロックについては全然詳しくないけど、ロックってカウンターカルチャーとかオルタナティブな何かだったりしないわけ?なんとなく楽しく音楽が鳴っていれば、人命がそのことで脅かされてもいいのか?お金が絡んでるから止まれない?

 それって随分体制順応的というか、体制迎合的だよね。やる人も出る人も見に行く人もみんな何考えてるんだ?何か考えてるふりをしつつ、何にも考えていないのではないかという気がする。

 私は向いてないなりに、ストレス溜めながらも、家にこもって本を読んで過ごします。死にたくないし殺したくないよなぁ。


(服装→ハレのピンクのサテンシャツ、黒ワイドパンツ)